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高松高等裁判所 昭和46年(ネ)214号 判決

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 岡本真尚

被控訴人 弘瀬清美

右訴訟代理人弁護士 武田安紀彦

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

(被控訴人の主張―請求原因)

一  訴外亡上根重は原判決添付別紙手形目録(一)および(二)記載の各約束手形を振出し、被控訴人は右各手形を現に所持している。

二  右目録(一)記載の各手形はいずれも右訴外人から被控訴人宛に振出されたものであるが、同目録(二)記載の手形は竹場ツネ子宛に振出され、その手形には、第一裏書欄裏書人竹場ツネ子被裏書人白地、第二裏書欄裏書人甲野花子被裏書人白地、第三裏書欄裏書人高田実被裏書人株式会社愛媛相互銀行城辺支店、第四裏書欄裏書人株式会社愛媛相互銀行城辺支店被裏書人白地なる記載がある。

三  右各手形の振出人上根重は、昭和四四年一二月五日死亡し、同人の実母である控訴人、実父である訴外中井明、養母である訴外上根民の三名が相続分各三分の一の割合で右上根重の権利義務を承継した。

四  よって、被控訴人は、控訴人に対し、右上根重に対し有していた前記手形金債権合計一四五万四〇〇〇円のうち四八万一三三三円およびこれに対する本件訴状送達の日の後である昭和四五年七月三一日から右支払済にいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(控訴人の請求原因に対する答弁)

請求原因一、二記載の事実はいずれも否認する。

本件各手形は被控訴人が上根重の印鑑等を冒用し偽造したものである。

請求原因三記載の事実中上根重が被控訴人主張の日死亡した事実は認めるが、控訴人が相続により同人の権利義務を承継したとの点は後記抗弁記載のとおり争う。

(控訴人の主張―抗弁)

上根重は控訴人の実子であり、控訴人は同人が死亡したことはその死亡後間もなく知るにいたったが、控訴人は、同人の死亡により自己のために相続が開始したことは、本件訴状が送達され、昭和四五年八月中頃これに対する答弁書の作成を依頼した司法書士から教えられるまで知らなかった。そして、控訴人は、同年九月二一日松山家庭裁判所に対し、被相続人上根重の相続放棄の申述をなし、同年一一月一〇日右申述は受理された。したがって、控訴人は上根重の債務を承継していないことになる。かりに、控訴人が自己のために相続の開始を知った時期を本件訴状が送達された同年七月末であるとしても、控訴人の相続放棄の申述は、前記の如く、同日から三ヶ月以内である同年九月二一日になされているのであるから、有効である。

(控訴人の抗弁に対する被控訴人の答弁)

控訴人のなした相続放棄の申述が昭和四五年一一月一〇日松山家庭裁判所において受理された事実は認めるが、控訴人は上根重が死亡した事実を死亡後間もなく知っていたのであるから、控訴人が上根重の死亡を知った後三ヶ月以上経過してなされた控訴人の右申述は無効である。

(証拠)≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫を綜合すると、上根重が被控訴人主張のように本件各約束手形(ただし、前記目録(一)の四番目に記載の手形の金額は一一万八〇〇〇円ではなく一〇万八〇〇〇円である)を振出した事実を、被控訴代理人が証拠として甲第三ないし第九号証を提出した事実により被控訴人が本件各手形を所持している事実を、また、甲第九号証の記載自体により前記目録(二)記載の手形に被控訴人主張どおりの裏書の記載がある事実をそれぞれ認めることができ、≪証拠省略≫によっても上根重が本件各手形を振出したとの右認定を覆すことはできず、他に以上の認定を左右するに足る証拠はない。

二  そして、上根重が昭和四四年一二月五日死亡した事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すれば、上根重は自動車にその妻子を同乗させてドライブ中自動車もろとも海中に転落し、家族全員同時死亡したもので、被相続人上根重の相続人は実母である控訴人、実父である中井明、養母である上根民の三名であった事実を認めることができる。

三  つぎに、控訴人が上根重の死亡後間もなく同人の死亡を知った事実および控訴人が松山家庭裁判所に対し相続放棄の申述をなし、昭和四五年一一月一〇日右申述が受理された事実は当事者間に争いがない。

そこで、右申述の効力について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、上根重は、控訴人と中井明との間に婚姻外の子として出生したため、生後間もなく中井明の許へ控訴人の手元から引取られ、次いで上根元治、民夫婦の養子とされたこと、その後控訴人が他の男性と婚姻し上海に渡っていたことなどから、控訴人と上根一家との間には音信がなく、一別以来約二〇年目に漸く親子が再会した有様であったこと、しかし、その後もお互に他家の人という意識の下に遠く離れた処に居住してそれぞれ自分の生活を営んでいたものであること、殊に上根重には妻子があったこと、もっとも、右再会後上根重の死亡まで、控訴人と上根重は年に一度位会う機会を得ていたが、それもお互の健康を確める程度で深い交際はなかったこと、上根重は死亡する数年前から衣料品店を営んでいたのであるが、控訴人は、同人の財産状態については、特に関心ももたず、全く知らなかったこと、控訴人は上根重の葬儀に出席したがその席上でも同人の財産、負債相続等に関する話は聞かされなかったこと、控訴人は小学校卒業後今日まで水商売などに従事して来たものであること、控訴人は上根重の死亡後七ヶ月余を経過した昭和四五年七月二九日本件訴状の送達を受けた(送達の日は記録上明らかである)のであるが、それが初めて被控訴人から上根重の債務の支払請求を受けたものであること等の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の事実に照らすと、前記訴状の送達を受けて本件債務の請求を受けるまでは、自己が上根重の相続人になることを全く知らなかったとの当審における控訴人本人尋問の結果は十分信用することができ、控訴人は少なくとも昭和四五年七月二九日までは法律上自己のために相続が開始していることを知らなかったものと認めることができる。そして、≪証拠省略≫によれば、控訴人が松山家庭裁判所に対し相続放棄の申述をしたのは同年九月二一日であることが明らかである。

ところで、相続放棄の申述は、被相続人の死亡を知ったときではなく、法律上自己のために相続が開始したことを知ったときから三ヶ月以内にこれをなせばよいと解されるから、控訴人のなした右相続放棄の申述は有効である。

四  してみると、控訴人が相続により上根重の債務を承継したことを前提とする被控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるといわなければならない。

五  よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるから民訴法三八六条によりこれを取消し、被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用につき同法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤龍雄 裁判官 後藤勇 小田原満知子)

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